夏空の鳥居 あざな 自転車のペダルを強く踏み込むと、前輪は後輪を引き連れて道をぐいぐいと進んだ。 ネクタイは邪魔だからはずしちゃおう。坂も一気に駆け上がる。 そろそろ鳥居が見えてくるはず。
蝉の声が、木もれ日と一緒になって降り注いでいる。 これは何の匂いだろう、風のにおいか、それとも空の匂いか。 どちらにせよ、胸に吸い込むと、一気に何もかも吹き飛ぶように気持ちがいい。
「とうちゃーく!」
「あはは、よかった! セーフ!」 まだ溶けて無かった。 ソーダの味のする、シャーベット状のアイスをかじると、冷たさが口に広がる。 やっぱりほんとに気持ち良い。
一口ずつ堪能しながらアイスを食べ、おれは空を見上げた。 「お! アタリ!」 ラッキー!! よじ登ると座るのに丁度良い、この岩を見つけたのは幼稚園の頃だ。
「ん?」
空を見上げたら、確かにさっきと同じ青さなのに、地面はポツポツと雨の痕跡を残し始めている。
「……何者じゃ」 「えッ?!」 突然の声に慌てて振り返って、あやうく岩から転げ落ちそうになった。 「……なんじゃ、お主か……」 「へ? おぬしか、って、初対面だろ?」 「……」
なんだよ、俺の質問に答えもしないで。 いったいどこから来たんだ、こいつ…… 「式が、はじまったようじゃ」 「しき?」 「うむ」
子どもは空を見上げる。 「今日は私の……姉が、嫁入りするのじゃ」 嫁入り? じゃあ式って……結婚式? 「めでたいじゃん! お前、式に出なくていいの? 姉ちゃんなんだろ?」 「私は……」
言いかけて、子どもは口籠った。 「行けぬ」 「なんで、弟なんだから行って当たり前じゃん」 「……行けぬ」 さらにチビはうつむいた。 「姉が嫁に行くのを……見たくないのじゃ……」
「あーなるほど……」
「んー……でもさあ、お前の姉ちゃん、待ってるんじゃねーの?」 「待っている?」 「そうだよ、だってお前弟なんだろ? 自分の晴れ姿を見てほしいに決まってるし!」 そうさ、それに。
「お前に祝ってもらいたいに決まってるよ!」 「……」 「姉弟ってそういうもんだろ?」
「大事な大事な、弟なんだろうからさ!」 子どもは、小さく笑顔になる。 「……そうじゃな。大事な、大好きな姉上だからな」 俺が手を振ってチビを送ると、あいつは振り返った。 「あんまり、氷ばかり食べると腹をこわすぞ」 チビは笑って走っていった。 「ははは! あー、さすが、足が速いなあ」 すぐに姿は林の中に見えなくなる。 「よっと!」 俺は岩を降りると、境内の前まで行ってポケットを探った。 「あちゃーこんなもんしかないや。ごめんな、今度油揚げ持ってくるからさ!」 境内の前に飴玉をおくと、俺は大きな声で言う。 「おねーさん、おめでと! チビも、俺の名前知ってたんだな。また遊びに来るから、今度は一緒にアイス食おうぜ!」 並んだ狛狐が、答えるみたいに、にんまり笑っていた。
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